Loupe Holederica

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Ⅱ 鳥かごから飛び出すオウム

場内が暗転して出囃子の音楽がなる。

まうまううまうまが登場して挨拶をする。

まうまううまうま「みなさん、こんばんは。この物語の歌と進行を務めます、まうまううまうまです。イメージしてみてください。ここは、うずまき国という世界地図にはのっていない国のアパートの一室。鳥カゴヲという男が住んでいます。1DKの部屋には、あさみどりの壁紙が貼られ、床にはふかみどりの市松模様のタイルカーペットが敷かれています。窓際に置かれた間接照明が、淡いグリーンで部屋を照らしています。さぁ、頭の中が緑一色になったところで、この物語が始まります」

部屋の中央に置かれた椅子に、鳥カゴヲが黙って座っていた。太いストライプのマントをはおり、緑色のズボンを履いている。胸には大きな鳥のブローチを付けている。程なくして、色野しずくが部屋に入ってきた。涙の形をした頭巾をかぶり、青いワンピースを着ている。しずくはカゴヲの近くまで歩み寄った。

色野しずく「あなたの居た部屋の真ん中に、鳥かごが一つ残っていたの。中には大きな鳥が一羽とまっていたわ。ピンと立ったとさかに大きなくちばし、止まり木をつかむ短い足。オウムは飛びもせず、うんともすんとも言わなかった。だって、つぎはぎされた布で出来ていたのだから。オウムはつぶらな瞳で私を見ている。世界はかごの中にあるよって」

しずくはゆっくりとカゴヲの周りを歩いた。しばらくして、カゴヲはうつむいたままの姿勢で口を開いた。

鳥カゴヲ「目に見える世界と、見えない世界のどっち?」

色野しずく「多分、はざまの世界。カゴヲはそこへ行ってしまった」

鳥カゴヲ「そこって?」

色野しずく「底…」

しずくはカゴヲを指差した。そして、ゆっくりと部屋を出て行った。カゴヲは椅子から立ち上がり話し始めた。

鳥カゴヲ「しずく… 君が涙の形になったあの日、僕は鳥かごを持って町外れの草原へ出かけた。草原はとても広く、緑に満ちあふれていたよ。澄んだ空気に鳥のさえずり。ハチドリのハミングが聞こえた。ここは南米でもないのにね。空にはたくさんのひつじ雲が浮かんでいた。まるで綿菓子みたいだったので、つまんで食べてみた。甘い。味覚を感じるのだから、これは夢ではないのだろう。僕は鳥かごのドアを開けた。オウムは僕の周りを何度か飛ぶと、嬉しそうに森の方へ消えて行った。空っぽになった小さな世界。ここはワイヤーで囲まれた秘境の入り口だ。ほらっ!」

カゴヲは何枚もの絵をばら撒いた。

鳥カゴヲ「この世界は儚い。ふわふわしたつかみどころの無い悲しさが僕を襲う。この悲しさの素は何だろう? きっとザラメだ。高速回転する釜の中で糸状に固まる綿菓子のような悲しさを、あの時僕は食べてしまったんだ。そもそも、僕という物質には実体がないのかも知れない。夢と現実をつなぐ地図のように、火をつけると燃えてしまう世界で僕は暮らしている。きっと、いつの日か消えてしまうだろう。そう、僕は鳥かご」

カゴヲは両手を広げた。

鳥カゴヲ

鳥カゴヲ「草原から戻ると、部屋の中は空っぽになっていた。家具も何もかもない。椅子が一つ置かれているだけだった。もう夜だ。眠い。仕方ないので、僕は椅子に座って寝ることにした」

パーンと大きな破裂音がなる。

鳥カゴヲ「意識が無意識へと変わる瞬間、大きな破裂音が聞こえた」

カゴヲが頭をポンとたたくと、何かが床に落ちる。カゴヲはゆっくりとそれを拾う。

鳥カゴヲ「僕の頭の中から、何か奇妙なものがいくつも落ちてきた。七色のしずくのかけらだった。おそるおそる触ってみた。しずくはとても柔らかく、まるで絵の具のようだったよ。僕は白い紙切れに七枚の地図を描いたんだ」

カゴヲは落ちた地図を拾って掲げた。

鳥カゴヲ「一番目の色は赤。それはしずくの体内に張り巡らされた血管を流れる血の色だ。君が生きるために必要な、酸素や栄養や老廃物を運んでいる。しずくという人間を動かすための大河。僕は赤のしずくで大動脈の地図を描いた。どくどくと血が流れる君の体温は、とても温かかったね。僕を穏やかにするしずくの血流。きれいに染まった真っ赤な川の流れ」

カゴヲは赤い大動脈の地図を壁に貼る。

赤色の地図

鳥カゴヲ「二番目の色は橙色。見てごらん、しずくの脳みそをかきまぜたらシャーベットみたいな色になったよ。君の理性や感性や本能をどろどろに溶かした、冷たくて甘いしずくの氷菓子。脳下垂体から流れ出る橙色のピューレは、君がしずくであるために必要な材料だ。僕は橙色のしずくでこころの断面図の地図を描いた。しずくの脳みそはぷにぷにして気持ち良さそうだ」

カゴヲは橙色の脳みその地図を壁に貼る。

橙色の地図 width=

鳥カゴヲ「三番目の色は黄色。しずくの体を包む皮膚の色だね。君のなめらかな体の曲線を、無数の細胞で織られた皮膚が覆っている。皮膚はしずくを包む上等な洋服だ。柔らかな二つの胸、細い首筋、すらりとのびた手足。僕は君の裸体の地図を描いた。君の体は黄色のしずくで塗りつぶされて、レモンのにおいで溢れた。しずくの体のかたちをした抜け殻。なんてかわいいんだろう。何だかいやらしい気分になった」

カゴヲは黄色のしずくの体の地図を壁に貼る。

黄色の地図

鳥カゴヲ「四番目の色は緑。しずくの眼球の奥で光る水晶体の色だ。世界を照らす光は君の角膜を通り、ぼやけた世の中にピントを合わせる。しずくの網膜で感じた色や形は、一体どんな風だったんだろう? 君の眼の奥に映る本当の世界を僕は知らない。だって、僕の水晶体は、飴玉のように溶けておかしな形になっていたんだから」

カゴヲは緑の眼球の地図を壁に貼る。

緑色の地図

鳥カゴヲ「五番目の色は青。そう、しずくの色だよ。あれはたしか三年前の夏。君は僕にじゃあねと言っていなくなった。青く広がる空に、大きなしずくがぽたぽたと流れ落ちた。それは現在と過去を切断する瞬間でもあった。オウムが鳥かごを出て飛んで行った。君がしずくの形になった。そして、僕は…」

カゴヲは青の涙の形の地図を壁に貼る。

青色の地図

鳥カゴヲ「六番目の色は藍色。藍染めの藍だ。藍は年数が経つと、色素が繊維の中に入りこんで独特の深みを増す。この変化を藍が枯れるという。まるで、しずくの愛の色のようだね。藍が枯れて君の愛も枯れた。僕は藍色のしずくで心臓の地図を描いた。君の愛がつまった心臓は一分間に60回規則正しく鳴っていたから、僕には目覚まし時計が必要なかったんだ」

 

カゴヲは藍色の心臓の地図を壁に貼る。

藍色の地図

鳥カゴヲ「七番目の色は紫。それは希望の色だ。君がいなくなってしばらくたったある日の晩、大きなしずくが一粒、ワイヤーを伝ってぽとりと落ちてきた。しずくは水たまりになって君を映した。鳥かごの世界にいるはずのない君は、息をせずにきれいな紫色の顔で眠っていたよ。僕は紫のしずくで君の死に顔の地図を描いたんだ」

カゴヲは紫で描かれたしずくの顔の地図を壁に貼ると、小さな虹色のグラデーションが出来上がっていた。

紫色の地図

鳥カゴヲ「しずくの色で塗られた地図がどんどん広がっていくよ。心が分散して君を象る、虹のように美しい世界。僕は描き続けるだろう。決して終わることないしずくの地図を。君のいない世界で僕はしずくのかけらと暮らすんだ。地図は過去をつなぐ道路のようだね。どこへでも行ける、自由だ」

車のエンジン音がなる。

鳥カゴヲ「1950年製のロータスエリートに乗って過去に来た道を走る。どんどん走る。あたりには大きな葉のシダ植物や、らせん状のぜんまい類、色鮮やかな花や多肉植物が群生している。どうやら、ここは亜熱帯地方のようだ。オウムの群れが気持ちよさそうに飛んでいる。そうだ、僕はしずくを探しにここに来たんだ。時速150キロのスピードでかっ飛ばした。何時間か走ると街が見えてきた。交差点がある。緑信号、車は進めなのに、横断歩道を歩く女がいるぞ。僕の地図の国で信号無視なんて許せない。轢いてやろうと思いスピードを上げた。すると、女の顔がしずくに見えた。あわてて上空に向かってアクセルを踏んだら、Am(Aマイナー)の音が鳴った」

まうまううまうまがカゴヲの側まで歩み寄り、ウクレレのAm音を鳴らす。

鳥カゴヲ「僕は高層ビルが立ち並ぶ、都会の真ん中をてくてくと歩いていた。頭上には最新型の高架鉄道が走り、路地にはたくさんの屋台が並んでいる。フルーツ屋台でマンゴスチンとパパイヤ、カットされたメロンを買って食べた。甘くてうまい。味覚を感じるので、ここも夢ではないのだ。暑い。鳥かごなのに汗をかくのが不思議だった。夜になると気温も下がり、昼にはなかった土産物屋台に灯りがともる。お馴染みのパチモノTシャツや、きれいな刺繍の入ったバック、キーホルダーなどのがらくたが並んでいた。そこで僕は何も描かれていない真っ白の地球儀を買った」

カゴヲは白い地球儀をくるくると回した。

鳥カゴヲ「さぁ、当てずっぽうに君の居場所を指してみる。何色のしずくに会えるのかな?」

カゴヲは回る白い地球儀を指で止めた。

鳥カゴヲ「あれ? おかしいな… しずくが見つからない。この地球儀は偽物だ。ちゃんと色を塗らないとだめなんだ」

カゴヲは色のしずくを拾って白い地球儀を何度も擦った。

地球儀を擦る鳥カゴヲ

鳥カゴヲ「うっ、しずくの色が出ない! これも、これも… 何てことだ。どうやら僕はしずくの地図に迷い込んでしまったみたいだ。うーん… 困ったな。色を探しに行かなくちゃ…」

カゴヲが部屋を出ていくと、まうまううまうまがウクレレを持って登場する。

まうまううまうま「鳥カゴヲが南国の屋台で買ったまがい物の地球儀は、七色のしずくの力を消したようです。混乱する鳥カゴヲの頭上を、オウムの群れが通りすぎました。その中には、彼のオウムが元気よく羽ばたく姿も見えました」

まうまううまうまの語りが終わると、楽曲「鳥かごから飛び出すオウム」が流れて演奏が始まる。

鳥かごから飛び出すオウム 鳥かごの中に、あるまじき世界。
ワイヤーで囲まれた秘境の入り口。
鳥かごの中に、すさまじきジャングル。
見わたす限りは亜熱帯。
飛び出すオウムとその行き先は、
奇跡をつなげた明日の夢。
飛び出すオウムとその行き先は、
遠くで眠る君の夢。
鳥かごの中に、明らかな未来。
ワイヤーで囲まれた希望の入り口。
鳥かごの中に、詰め込まれた日常。
世界を映すような水たまり。
飛び出すオウムとその行き先は、
目覚めて生まれる明日の夢。
飛び出すオウムとその行き先は、
君と出会うための道しるべ。

場面は外に移り変わる。楽曲が終わると、カゴヲが辺りを見渡しながら入ってくる。カゴヲの胸のオウムのブローチがなくなっている。

鳥カゴヲ「僕のオウムは何処に行った? 僕のオウムは飛べないのに。僕のオウムには羽がないのに。僕のオウムはしずくなのに。僕のオウムは…」

場内に雨の音が流れる。

鳥カゴヲ「あっ、雨…」

(RGBへつづく)

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